盲目黒柴犬と週末秩父暮らし

都内極小マンションで黒柴犬2匹と暮らしているかあちゃんに、ある日突然!田舎の古民家が落ちてきた!?秩父に移住を目指して、犬2匹と週末田舎暮らしに挑戦中!

人生を立ち止まって振り返ることは大切だよ。前半

しばらくかちゃんの昔話が続くので、他人の過去に興味ないって方はスルーな方向でヨロ!


秩父に移住する前に自分のいままでを書きとめておきたいな~と思った。
「踏ん切り」とか「ケジメ」とかでもないんだけれどね(^^;;;


まずは幼少期から一家で夜逃げまで。<神奈川県横浜市中区→千葉県成田市>


生まれは神奈川県横浜市中区 幼稚園はどこに通っていたのかわからないけど
たぶん幼稚園。
実家は自動車の整備工場から写真館に変わった記憶がある。
父親はカメラマンでアイドルさんのブロマイドとか撮っていたらしい。
油絵とかやっていたとか二科展に入賞したとか、新聞の切り抜きをみせてもらった。
けれど、自分の子供の頃の写真は一枚も持っていないので記憶はあいまいだ。
父親はすれ違っても顔も覚えていないからわからないと思う。


「父親」まだ生きているのかな?
生きていたとしていくつなんだろう?
戸籍謄本もちゃんと読んでいないから適当。


子供の頃もちょいと変わった子供だったと思う。
いろいろシデカシタこともあるけれど、省略。
とりあえず秩父へ移住する前に
自分がこれまでに生きてきた「場所」について書き留めておきたいから。


たぶん小学校2年生のとき
寒かったから冬かな?家に親戚一族が集まっていたのを覚えている。
でっ、その夜、荷物をぱんぱんに積んだ車の
荷物と天井すれすれのすき間にかあちゃんも詰め込まれて横浜を出た。
親戚のおばちゃんとかが泣いていたのを覚えている。


本当に突然!
その夜から生まれた実家には帰っていない。
さすがにもう残ってないだろうけど。


目が覚めたら大きな大きなぼろぼろの平屋の家だった。
千葉県成田市の郊外、空港ができる前のお話し。
子供心には毎日楽しかった~
学校に行かなくていいし、壁は叩くと崩れるし、
庭の小さな池で釣りしたり、隣の家の子とソノシート(ペラペラのレコード)で遊んだり、部屋の中に蛇が出て恐ろしかったり、父親が酔っ払っては日本刀を持ち出して切りかかられたり、そのたびに母親が泣き叫んだり(^^)
なんで(^^)マークかっていうと、あまりに横浜での暮らしと差がありすぎて現実味がなくてさ、親たちは深刻なんだろうけれど、かあちゃんはおもしろかった記憶しかない。


半年くらいそのボロ家に住んで、小学校5年生で小学校に転入し
市内の小さな一軒家に移った。


小学校の3年、4年は親の都合で学校に行っていなかった。
小学2年から5年にいきなりスキップしたわけだけれど勉強は問題なかったみたい。
そこらへんが謎だわ。その間に勉強していた記憶もないもの(^^;;;
中学生な時、また引っ越しして、高校までは成田で暮した。


苗字は母親の苗字を名乗っていた。
籍を抜いたわけでも、両親が離婚したわけでもなく母親の苗字って名乗れるんだね!
おそらく、夜逃げした身だから父親だけは別の場所で住民票を取って、
母親とわたしは住所不定の人間だったんだろうと思う。
だって、国民健康保険にさえ入れていなかったから熱出しても、
前歯折れて神経がぶらさがって気を失うほどの事故にあっても病院いかなかったもん。
見かねた学校の先生が病院と交渉してくれたみたいだけれど、
欠けた前歯は高校卒業してから自分で歯医者さんにいって治療した。
はじめてのアルバイトは本屋さん→居酒屋さん→ゴルフ場
アルバイトで貯めたお金と修学旅行は勝手に自分でキャンセルして
戻って来たお金で高校の卒業式の翌日から東京で1人暮らしをはじめた。
(高校3年のときにはほとんど家に帰らなかった)
ことごとく団体行動を避けて、単独行動をする子だった。


次回!18歳東京練馬区中村橋にひとりで住む。につづく・・・・。

「かあちゃん!人生はサバイバルよっ!そのほうがおもしろいよ!あたちも生まれたのは静岡で流れ流れてかあちゃんのところにやってきたんだもん♪一緒一緒!」byおつう

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